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諸聖人の大祝日   Festum Omnium Sanctorum         大祝日 11月 1日


 聖会は一年を通じて毎日ずれかの聖人を記念する。しかし本日は一切の聖人を総括して記念し祝賀するのである。今この祝日の起源を尋ねれば、キリスト御誕生前から既に、ローマにはあらゆる神々に献げられた壮麗な神殿があった。古代のローマ人達は多種多様の神々を崇め、自分達の征服した諸民族の神々までも尊敬するにやぶさかでなかった。但しその夥しい神々を一々祀るのは大変なので、彼等は一つの円形神殿を建ててこれに一切諸神を合祀したのである。ローマ人のいわゆるパンテオンとは即ちこの神殿で、今なお存し、ローマ市に遊ぶ者の目を楽しませている。
 ローマがキリストの恵みに浴するようになると、その神殿は聖堂に改められ、嘗て神々の像のあった所に諸聖人の聖像が安置されたばかりか、聖人、殉教者などの遺骨もカタコンブからそこに移されるに至った。そして教皇グレゴリオ4世は、この聖堂をすべての聖人に、我等がその名を知らぬ数多の聖人方にも、献げる事とし、且つ11月1日を期して特にこれらの諸聖人を記念すべしと定められたのである。
 一体聖人とは聖会が列聖式を行ってその名を中外に宣布した人々ばかりではない、天国に入る事の出来た人はことごとくそうである。その中には勿論徳行衆に勝れて世の注目を惹いた者も数多くあったろう。しかし大部分はその聖徳を他に知られず、ただ天主のみに認められて天国の永福を報いられた者である。勿論こういう人々にも夫々に記念し祝賀される値打ちがある。けれども遺憾ながらその名も知られていないし、よし知られていたとしても短い一年の日数でこれを尽くすことは到底出来ぬ。それで諸聖人の祝日なる本日を以て彼等を総括的に記念するのである。
 この日我等は聖人方の心に偉大な奇蹟を行い給うた天主を讃美し諸聖人を称讃し、その代祷を懇願する。そして彼等の模範に倣うようわが身を反省する。
 この最後の事即ち聖人に倣うは彼等に対する最もよき最も大切な尊敬である。諸聖人の中にはあらゆる階級、あらゆる職業の方が含まれている。帝王もあれば将卒もある。師弟もあれば資本家労働者もある。のみならず老若男女、実にさまざまで、如何なる年齢の人でもある。なお聖人は過去に存したばかりではない、現在も存し、将来にも存する。故に何人も自分の仰いで以て鑑とすべき人物を見出すに窮する事はない筈である。
 聖アウグスチヌスは己を励まして「聖人聖女も人なら我も人である。彼等が出来たことがどうして我にも出来ぬことがあろう!」と言ったが、キリスト信者たる者は誰でもこの意気がなければならぬ。諸聖人は我等と同様な召命を受け、我等と同じく働き、我等よりも大いなる艱難に遭い、我等の如き人間でありながら聖なる者となった。されば我等も聖なる者になり得ぬ筈がない。ただ彼等の如く自ら努める必要があるだけである。確かに聖となる事は難しいかも知れぬ、しかし出来ぬ事ではない。我等はその困難さを思わずに、天国に於ける報酬を考えねばならぬ。
 本日の祝いはまた天国の事をも思い出させる。聖殉教者達は在世の砌恐ろしい苦痛を受けたのであろう、が、今や幸福を受け楽しみ、永遠にそれを失う事がない、証聖者、聖なる夫妻、聖なる童貞及び寡婦いずれも多くの苦労はあったに相違ない。けれどもその代わり今は病気も苦しみも涙もなく、ただ幸福と歓喜と天主の御寵愛に満ち溢れて天にいるのである。それを思うと、今日の祝日に当たって諸聖人が我等に向かい、「勇ましく耐え忍び堅く信仰に留まるがよい。人生は短く、天国の歓びは永い」とおしえている如く感ぜずにはいられない。さらば我等はこの忠告に従おう、そうすれば彼等も常に我等の傍に在って一臂の助力を惜しまぬであろう。

教訓

 諸聖人の中から特に一人を選び、その聖徳に倣おうと努めるがよい。そうすれば彼も汝の保護の聖人として、生涯信仰を守り通す為の聖寵を、天主より求めて下さるに相違ない。